2022年10月5日 OGUCHIHARUKA

【小噺記事】 私的「ベルガマスク組曲」のきっかけと小噺

こんばんは。先月配信開始した「Bergamasque Suite」楽しんでいただいていますか?今日はこのアルバムを作るに至ったお話と、このアルバムの楽曲「ベルガマスク組曲」と、作曲者の「ドビュッシー」についてのお話です。

私がこの組曲を好きになったきっかけ

私がベルガマスク組曲を好きになったきっかけは、この組曲3曲目に収録されている「月の光」でした。

もちろんとても有名な曲なので、以前から知ってはいたのですが、今回CDを作ってみようと思うくらい惹かれたきっかけはゲーム「moon」を遊んでいた時。リメイク版序盤で耳にして、その時の演奏のテンポ感だったり空気も相まって、あーこの曲とっても素敵だなぁと思ったんです。

ピアノの細かい音はホルンで演奏することは難しいんだけど、まぁ…できなくもないんじゃない?と思って、作ってみることに。最初は5重奏(4は無理でした。笑)にした動画がこちら

これを演奏できた時、組曲にある他の曲も聞いて、展開がとても楽しかったことや、雰囲気をとても好きになったので、4曲とも演奏してみたくなって、アルバムを作ることにしました。

編曲時に意識したこと

全曲通して、制限ある音域での「音の重ね」、そしてピアノでは簡単でもホルンでは難しい「細かい音の配置と要約」、さらに曲の中の「テンションの移り変わり」の3点を、主に原曲の雰囲気を生かしながらホルンで演奏できるように整えていくことが楽しかったです。

「ベルガマスク組曲」と「ドビュッシー」の話

そんな「ベルガマスク組曲」と、作曲者「ドビュッシー」について少ししらべたのでここで発表。笑
作曲ってその人の生きて感じたことの履歴みたいなところもあると思っているので、「どんな時代にどんなことを感じた人が書いた曲」ていうことを知るのも楽しいな、と思うのです。

よかったらぜひ続きも見ていってください♪

ベルガマスク組曲

フランスの作曲者クロード・アシル・ドビュッシー(Claude Achille Debussy)が作った4曲で構成されている組曲です。1890年に発表されました。

クロード・アシル・ドビュッシー(Claude Achille Debussy)

19世紀後半から20世紀前半のフランスに生きていた作曲家です。22歳から54歳の間、音楽活動をしていたそうです。

5人兄弟の長男として生まれ、幼少期はピアノを習っていたそう。10歳でパリ音楽院に入学し、ピアニストを目指して頑張ってたのですが、作曲の道へ。

気難しい性格ではあったものの、女性にモテモテだったそうです。笑

・ベルガマスク組曲は、ドビュッシーが何歳の時に作った組曲?

28歳の時に作ったそうです。若い時の作品のようですね。

・ドビュッシーは他にどんな曲を書いてる?

ピアノ曲や歌曲から大編成オーケストラの曲など、様々な曲を作ったそうです。

愛娘シュシュに送った「子供の領分」や、日本では吹奏楽でも親しまれている交響詩「海」など、たくさんあります。

・ドビュッシーが生きた時期のフランスはどんな国?

いろんな戦争から第一次世界大戦開戦までという流れの中、19世紀最後の「パリ万国博覧会」「パリオリンピック」が開催されるなど、とても賑やかな国だった様子です。
エッフェル塔の一般公開もあったようです。

文化出来な出来事では、ドビュッシーが生まれた年(1862年)はヴィクトル・ユゴーの名作小説「レ・ミゼラブル」が発表された年だそうです。

・ドビュッシーが生きた時期は、日本は何時代?

江戸時代から明治時代にかけての、開国していった激動の時期ですね。

ベルガマスク組曲が発表された1890年は、日本では東京音楽学校(現在の東京藝術大学音楽学部の前身)が開校した年だそうです。他にも帝国ホテルが開業したり、第一回目衆議院選挙が行われたりと、今の世の中にもあるものの「最初期」が多い印象です。

・ドビュッシーが生まれた街はどんなところ?

ドビュッシーの生まれた街はパリ郊外にあります。ルイ14世が生まれたお城のあるその街は、現在では高級住宅街だそうです。そして、生まれた家は「ドビュッシー博物館」として利用されているそうです。

終わりに

曲のこと調べる時、その年代が世界史的にどんな年代で、日本はどんな時代だったのかとかを知るのが好きなので調べたものをすこしだけ公開してみました。そっかーって知るだけでも個人的には発見が多くて面白かったです。

ここまで読んでいただきありがとうございました♪